映画『まごころ』から考えるヌーヴェル・ヴァーグとドキュメンタリズムについて(1939/成瀬 巳喜男)

 素晴らしい映画を観た。Youtubeに本編がアップされているので、未見ならば是非観るべきだ。多分日本映画専門チャンネルで放送されたものをビデオテープかなにかで録画したものだろうが、序盤にバチっとばかでかいノイズが一回入るので注意。

 

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 戦争の影が日本を覆う中、そこに二人の少女が居た。銀行家の父を持つ信子と父を早くに亡くし、貧しいながらも懸命に生きる富子は性格も対照的ながらとても仲が良い。

 ある夜のこと、信子の母は信子の成績低下を嘆き、父に啖呵を切る。その本心は、自分とではなく富子の母・蔦子と本当は結婚したかったのではないか、という嫉妬であった。そしてその喧嘩の始終を信子は聞いてしまう。

 翌日、その模様を信子は富子に話すと確かに互いの家に確執があるらしいことが判明してしまう。富子は家に帰ると、その真意を母に詰問するのだがこのシーンは本当に素晴らしい。

 特筆すべきはその見事なカット割りだ。このクローズアップのモンタージュ__は『裁かるゝジャンヌ』のそれを遥かに凌いでいる。この映画的な異空間は、一体何だ?

どう構成されているかはわかる。演技の反復を複数のキャメラポジションから捉え、それをモンタージュしている訳だ。しかし、なぜここに無限の宇宙が広がるのか?

 この宇宙は編集のみで産まれることは決してあり得ない。実際の撮影に入る時点で、成瀬が完璧にカット割りを構成した上でなければ成立しない。これは映画製作において当たり前のことで、なにも成瀬のみならず、溝口も小津も脳内に画が完璧に仕上がった上で撮影に入ってる訳で。溝口は絵コンテを描かないことで有名だが、脳内では念写されているのだな。小津がカットのリズムを編集でなく撮影の段階でコマ単位のタイマーを用いて刻んでいたというのもまた有名な話であるが、つまり映画は実際にキャメラを回して撮影するよりも遥かに多くの準備を要するということだ。

 『定本 映画術 ヒッチコックトリュフォー』において、ヒッチコックは映画の基本はカット割りだとし、トリュフォーが同意するページがある。(今手元にない)そう、映画の基本はカット割りなのだ。

 『まごころ』は戦時下に制作された映画であり、当然映画法による束縛が成瀬の身にのしかかった筈である。が、優れた芸術家というものはいつの時代も制度を超越し、宇宙へ突き抜ける開放性を備えている。それは70年万国博覧会における岡本太郎の『太陽の塔』であったり、万国擁護の為に松本俊夫が援用したピカソの『ゲルニカ』である。(『ゲルニカ』はパリ万博スペイン館に出展されたものであり、松本は万博に参加することが芸術作品の価値を下げることにはならないとして『ゲルニカ』を例に挙げた。確か季刊フィルムの?巻に記載があるのだがあいにく手元にない)

 映画には常に制度が付きまとう。そしてヒッチコックは制度がなければ何をつくれば良いんだ? とまで言い放つ。トリュフォーはスタジオ・システムから解放された職人監督の作品群に深い絶望を示した。

 この制度についてゴダールが何か言っていたと思い、彼が20歳そこらで書いた反バザン論を探していたところ面白い論文を発見したのでここに紹介する。

doshisha.repo.nii.ac.jp

 上記の論文ではドキュメンタリーとフィクションに対しての映画監督・批評家の態度が論じられているのだが、ここで本文中のゴダールの言葉を引用したい。

私はいつも、人々がそれぞれドキュメンタリーとフィクションと呼んでいるものを、同じひとつの運動の二つの側面と考えようとしてきました。それにまた、真の運動というのは、この二つのものが結びつけられることによってつくり出されると考えてきました。ドキュメンタリーとフィクションというのは、二つのものからなるものの二つの側面で、どちらもそれぞれ他方にかわろうとしたり、互いにいくらかまじりあおうとしたりします・・・

 ゴダールは映画という運動そのものの特性について述べているが、これは映画製作を囲む制度についても波及しているとも言えよう。

 論文の執筆者である高木 繁光教授のHPを覗くと、また良い文章があったので引用する。

花田清輝という評論家がこんなことを言っている。「戦争中、日本主義者の繰り返していたように、もしも日本的なものと西洋的なものとが、完全に対立するものなら、日本的なものの姿は、日本的なものが、西洋的なものと断絶し、おのれのなかに閉じこもることによってではなく、かえって、正反対な極点に、――西洋的なものの立場に立つことによって、はじめてあざやかに浮びあがってくるであろうが、――しかし、それは、もちろん日本的なものが、西洋的なもののなかにあって、おのれを失うことではなく、おのれ以外のものでありながら、しかもおのれ自身でありつづけるということであった。」(全集第4巻、講談社、1977年、41頁)少し難しい言葉だが、これから勉強していくなかで、その意味を考えてほしい。外国かぶれになるのではなく、日本主義者になるのでもなく、和洋折衷にとどまるのでもなく、「Aが、Aであると同時に非Aでもあろうとするときの困難」から出発してほしいと、花田は述べている。

https://gr.doshisha.ac.jp/professors/profile_list/europa/takagi.html

 「映画を生きるのと同じように人生を生きる」こと、制度下にありながら非制度であろうとすること。人生という同じひとつの運動の二つの側面を、どちらからもそれぞれ他方にかわろうとしたり、互いにいくらかまじりあおうとしたりすること。

 映画を観ていると、ついこんな事を考える時もある。私が映画を生きるのと同じように人生を生きるとしたら、どう生きるだろうか?